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#037 鹿児島県「西酒造」
鹿児島県西酒造

いつも「てんちょうの冷蔵庫」をお読みいただいている皆さま、ありがとうございます。
早いものでこのシリーズも37回目に突入しました。今までは日本酒を中心にお伝えして参りましたが、利き酒師としてだけではなく、焼酎アドバイザー、さらには酒匠(さかしょう)としてより視野を大きくしてお伝えしていこうと思う次第でございます。

そこで今回は芋焼酎の革命児、西陽一郎率いる西酒造についてお話ししていこうと思います。 西陽一郎氏は東京農業大学出身。日本酒の革命児、十四代の高木顕充(あきつな)氏と「オレは日本酒で日本一になる。おまえは焼酎で日本一を取れ」との約束をします。地元鹿児島では芋焼酎はお湯割りにして飲む風習が強く、当時はまだ焼酎ブームの遙か前で関東方面の人間には「芋焼酎は臭くて飲めん!」的なイメージがありました。
そこで西氏は在学中に本来麹は焼酎で使う白麹や更に芋の香りを増すため泡盛で使用する黒麹は使わずに日本酒用の黄麹を使用し、蒸留は本来芋の風味豊かにするために常圧式だけではなく減圧蒸留方式も折混ぜ芋焼酎の革命的な焼酎、「富乃宝山」を完成させます。この酒のコンセプトはお湯割りではなく、ロックや水割りで楽しめる焼酎。吟醸にも似た華やかな香りと芋特有の甘い風味をすっきりとさせた味わい。これが当時の臭くて飲み難いというイメージを一新し、新たな芋焼酎の世界を切り開き大ヒットしました。一方昔おじいちゃんがお湯割りで飲んでいたようなイメージで開発されたのが吉兆宝山です。これは黒麹を用い常圧蒸留方式で芋の風味をしっかりと出しました。そこに焼酎ブームが到来。販売量が増えるに従って老朽化した蔵での製造が困難になり、農家で芋を買っても、2dトラックは蔵まで乗り入れることは出来ずにギリギリまで近づけて畑の道を同級生だった工場長の有馬氏と2人で何往復も担いで運び入れる毎日が続いたそうです。当時、仕込み時期の睡眠時間は僅か2時間ほどだったと当時を振り返って樽一に来店して下さった有馬工場長は話されておりました。新工場もようやく出来上がったのに、引っ切り無しに入る注文に商品が追いつかない日々が続きました。これに何とか応えようと西氏と車の中で寝起きしながら酒造りに励んだそうです。それからも「芋焼酎屋であり続けたい!」と麹を米ではなく芋にした芋麹全量や従来の芋(黄金千貫)を綾紫や白豊(しろゆたか)、はたまた焼き芋でよく食べている紅東(べにあずま)で醸した焼酎や木樽で熟成した天使の誘惑、濃厚な原酒をボトルに詰めて飲む際には冷凍庫でキンキンに冷やして飲む万歴。次々に大ヒットを作り出しました。
順風満帆だったその蔵に大事件が起こります。米問屋を信頼して仕入れた米が事故米だったのです。精米して納品された米は普段通り綺麗な白い米でした。事故米のことが分かると西氏は業界では真っ先に動き出しました。事実を公表し自主回収を行い廃棄に踏み切りました。もちろん、残留農薬もカビ毒も一切検出されなかったのに・・・消費者への安全と信頼を大切にする妥協のない意思の表れでした。昨年の東北関東大震災の時には東京に大規模停電のニュースを知り、鹿児島からトラック2台で米と水とトイレットペーパーを満載してやってきたのです。「じゃ次があるから」とわずか数分で使命を果たした一行は次の地へ。幾つもの困難を乗り越えたこのような西酒造の姿勢は中々真似できるものではありません。樽一は日本酒がメインなお店ですが、焼酎もまた国酒。このようなアツ〜イ姿勢の酒蔵をいつまでも応援していこうと思います。

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