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てんちょうのないしょ話

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大きな声では言えませんが、実はこんなことやっていますから〜!な内容をコッソリ教えてしまうコーナーです。

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#007 「浦霞との出会い編」
浦霞との出会い

皆さん、こんにちは〜しんちゃんです!間もなく今年もおしまいですね。

いやぁ〜今年は40年居た旧店舗からのお引っ越しに新しい店舗のオープン準備、そしてゴールデンウィーク明けからの通常営業とあっという間に駆け抜けました。

今年最後の店長の内緒話は樽一の最も大きな柱である宮城の銘酒「浦霞」とのお話です。

実は浦霞は昭和17年頃、新橋にお店を開店しましたが、戦争中のことで一時権利を放置し閉店。再び戦後、阿佐ヶ谷の「いろり」というお店にも出品していましたが、この店も昭和40年頃閉店しておりました。

一方、先代樽一創業者である佐藤 孝は宮城県桃生郡矢本町(現在の東松島市)に生まれ実家は200年以上続くお酒や塩を扱う老舗の商家でした。九人兄弟の五男に生まれた先代は大学に進学する為に上京します。卒業後、鯨類研究所を経てサラリーマンになりますが、11回の転職の末、昭和43年1月7日の読売新聞の記事を目にします。
当時、日本酒と言えば大手メーカーが作るお酒が主流でしたが新潟の「越乃寒梅」と共に故郷の地酒「浦霞」がその記事に紹介されていたのです。「これだ!」と思いたち先代は宮城県塩釜の「浦霞」の蔵元へ飛んでいき当時の社長故佐浦茂雄氏に東京のサラリーマンに故郷のお酒を広めたいと直談判。丁度その頃、本格的に東京進出を考えていた佐浦氏は先代の実家が酒屋だった事もありすぐに快諾して頂きました。

こうして昭和43年12月6日、東京高田馬場に浦霞の拠点となる「酒蔵 樽一」が誕生したのです。その後、皆さんご存じのように地酒ブームが到来、浦霞の名は日本中に響き渡る事となります。今回のお話はまずはここまで。続きはまた、来年お話しますから〜(^^)/

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